紙面から

【こども記者】はなちゃんとみそ汁作り 「食べることは生きること」の重さ

2016年01月11日 13:49

安武はなさん(左から2人目)に手伝ってもらい、かつお節をけずった
安武はなさん(左から2人目)に手伝ってもらい、かつお節をけずった
 「はなちゃんのみそ汁(しる)」という実話を知っていますか。映画(えいが)の公開を前に、私(わたし)たちは原作者の安武(やすたけ)さん家族のお宅(たく)を訪(たず)ねました。今は亡(な)きお母さんが「食べることは生きること」と考え、5歳(さい)の娘(むすめ)に教えたのがみそ汁作りです。お話を聞き、みそ汁も作りました。

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 ▼お母さんとの約束

 安武さん家族は、今、西日本新聞社に勤(つと)めているお父さんの信吾(しんご)さん(52)と長女で中学1年のはなさん(12)の2人で福岡(ふくおか)市に住んでいる。お母さんの千恵(ちえ)さんは2008年、がんのため33歳で亡くなった。私たちは、はなさんが千恵さんに教えられ、ずっと続けているみそ汁作りなどについて質問(しつもん)してみた。

 毎朝、何時ごろからみそ汁を作るのだろう。はなさんは「5時半ぐらい」「眠(ねむ)いです」と明かした。「面倒(めんどう)くさいと思ったことはないですか」と聞くと、「あるけど、お母さんとの約束だから」と笑顔(えがお)を見せた。5歳の誕生日(たんじょうび)に、千恵さんが「きょうから、はなちゃんが朝ご飯のみそ汁の係だよ」と言ったのだという。

 信吾さんは千恵さんが亡くなった後、ショックで酒ばかり飲んでいた。でも、千恵さんの四十九日の翌日(よくじつ)、はなさんがみそ汁作りを再開(さいかい)した。そのみそ汁を飲んだ時、信吾さんは千恵さんの分までがんばらないといけない、と思ったそうだ。

 はなさんは、千恵さんの言葉として「出された物は食べなさい」「何とかなる」の二つを覚えていた。

 ▼生まれて良かった

 「千恵さんがはなさんに一番大事に教えたことは何ですか」と、信吾さんに聞いてみた。「生きていく力を身につけてほしかったんだと思う。ぼくも一緒(いっしょ)」という返事だった。

 千恵さんは亡くなる1年ほど前から、当時4~5歳だったはなさんに、洗たく物を干(ほ)すことや、玄関(げんかん)のくつをそろえることなどを教えた。料理で、まず教えたのが、みそ汁作りだった。

 信吾さんは今年8月末の夜の出来事も話してくれた。はなさんが千恵さんの遺影(いえい)を見ながら「もし、ママが私を産んでいなかったら、今も生きていて、パパと幸せでいられたかもしれんね」と言ったそうだ。

 信吾さんは言葉を失ったが、しばらくして、千恵さんが書き残した文章をはなさんに見せた。そこには「娘に出会えたことは、私がこの世にいたという証(あか)しだ。自分より大事な存在(そんざい)に出会えたことは、私の人生の宝(たから)」と書かれていた。はなさんは涙(なみだ)ぐんだそうだ。

 信吾さんは「みんなにも、自分が生まれてきて良かったと思える人になってほしい」と話してくれた。はなさんと信吾さんの笑顔はまぶしいくらいだった。

 ●かつお節けずりにこつ

 私(わたし)たちは、安武信吾(やすたけしんご)さん(52)、はなさん(12)親子に教えてもらって、一緒(いっしょ)にみそ汁(しる)を作った。

 なべに水を入れ、コンブをひたして、火にかけている間、かつお節をけずった。大工さんが木をけずる「かんな」のようなものが付いた「けずり器」を使った。慣(な)れたはなさんがすると、「シュコー、シュコー」と音がして、薄(うす)くふわふわにけずれた。しかし、初めての私たちがすると「カスッ、カスッ」と音がして、粉にしかならなかった。こつがいるんだな、と思った。

 なべの水がふっとうする直前にコンブを取り出し、けずったかつお節を入れて一煮立(ひとにた)ちしたら、だしが完成した。小皿に取って味見をしたら、お吸物(すいもの)に近い味がした。信吾さんが「少し入れてごらん」と言って、塩を差し出したので、入れると、びっくりするほどおいしくなった。

 とうふとワカメをだしの中に入れ、みそを溶(と)いたら、みそ汁が出来上がった。ここまでを1人でするのは大変だと思った。

 おかずとして、魚の塩焼きと卵(たまご)焼きも作った。炊飯器(すいはんき)ではなく、なべでごはんもたいた。みんなで一生けんめいに作ったみそ汁は、いつものみそ汁より何倍もおいしく感じた。ごはんはもっちりしていて、おかずもおいしかった。

 ●わキャッタ!メモ

 ▼はなちゃんのみそ汁(しる) がんになった女性(じょせい)が命がけで娘(むすめ)を産み、病状(びょうじょう)はいったん回復(かいふく)するが、やがて悪化する。幼(おさな)い娘に何をのこせるかを考えた母親は「食べることは生きること」という信念から、みそ汁作りを教える。5カ月後、母親は33歳(さい)で亡(な)くなったけれど、5歳の娘「はなちゃん」は毎朝、みそ汁を作り続ける。「ママとの約束だから」「自分の命は自分で守る」と-。福岡(ふくおか)市の安武(やすたけ)さん家族で実際(じっさい)にあったお話だ。

 この題名のエッセー本が2012年に文芸春秋(ぶんげいしゅんじゅう)から出版(しゅっぱん)され、14年にはテレビドラマにもなった。ことし9月には講談社(こうだんしゃ)から絵本(文・絵は魚戸(うおと)おさむさん)も出て、広末涼子(ひろすえりょうこ)さんが母親役を演(えん)じた映画(えいが)(阿久根知昭(あくねともあき)監督(かんとく))も19日から福岡県と東京(とうきょう)都で先行公開され、来年1月9日からは全国で拡大(かくだい)公開される。

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=2015/12/09付 西日本新聞朝刊=

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