紙面から

【ココ・カラTeens】高校生が「被災地に菜の花を」

2013年07月11日 19:19

満開になった菜の花の風景は被災地と重なった=昨年4月
満開になった菜の花の風景は被災地と重なった=昨年4月
 ●「東北の春を明るくしたい」 福岡市の高1 宇野裕美香さん
 「菜の花元気プロジェクト」と名付けた活動に取り組む高校生がいる。福岡(ふくおか)市中央区の修猷館(しゅうゆうかん)高(こう)1年、宇野裕美香(うのゆみか)さん(15)。自宅(じたく)近くの九州大(きゅうしゅうだい)・六本松(ろっぽんまつ)キャンパス跡地(あとち)に種をまく活動に始まり、いまは東日本大震災(だいしんさい)の被災地(ひさいち)に目を向けている。「春に咲(さ)きほこる菜の花で人々を明るくしたい」と、東北に贈(おく)る種を増(ふ)やすため、菜の花を育ててくれる人を募集(ぼしゅう)している。 (野津原広中(のつはらひろなか))

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 宇野さんは2010年に菜の花を育てる活動を始めた。きっかけは09年に六本松キャンパスが移転(いてん)し、街が寂(さび)しくなったこと。九大は卒業生の父(43)と散歩したり、小学生のときは夏休みにラジオ体操(たいそう)に通ったりした思い出の場所だった。「六本松を元気にしたい」と思い立った。

 インターネットで、福岡県大木町(おおきまち)では菜種油を取る菜の花栽培(さいばい)が盛(さか)んだと知った。1人で役場を訪(たず)ね農家を紹介(しょうかい)してもらい、栽培法を習った。種は長さ約1ミリと小さい。スーパーのレジ袋(ぶくろ)一つ分、分けてもらった。

 跡地を管理するのは都市再生機構(としさいせいきこう)(UR)。種をまきたいと何回もたのんだが「校舎(こうしゃ)の取り壊(こわ)し中で危(あぶ)ない」と断られたため、近くの歩道の花壇(かだん)に菜の花を咲かせた。ところが11年秋、今度はURから「菜の花を育ててほしい」とたのまれた。校舎の解体(かいたい)は終わり、URは翌年(よくねん)春に跡地で開く予定の祭りににぎわいをそえたかったのだ。UR九州支社(ししゃ)の中山昇吾(なかやましょうご)さん(43)は「前の年に宇野さんの熱心さが伝わっていたから」と振(ふ)り返る。

 宇野さん家族や知人、中山さんらUR職員(しょくいん)で約2千平方メートルに種をまいた。そして、春。祭り会場に咲いた菜の花が8千人以上を出むかえた。

     *    *

 祭りの1週間後、菜の花が満開になった。宇野さんはもう一度、その場に立った。壊された校舎と美しい菜の花。東日本大震災の被災地の風景と重なった。震災から1年。「私(わたし)は被災地のために何もできていない」という気持ちをかかえていた。「種を東北に届けて菜の花が咲けば、みんなを笑顔(えがお)にできるかもしれない」

 秋になり、知り合いが大震災の被災地に支援(しえん)に行くと聞いた。大急ぎでビニール袋一つ分の種を準備(じゅんび)した。種は宮城(みやぎ)県大崎(おおさき)市の鹿島台(かしまだい)中(ちゅう)に届いた。生徒が種をまいたが、冬に雪が多かったためか芽は出なかったという。教頭は「残念でしたが、宇野さんの気持ちはうれしかった」と感謝(かんしゃ)する。宇野さんは「今度は私も行って、一緒(いっしょ)に種をまきたい」と話す。

 宇野さんは協力者を募(つの)っている。それぞれの家庭で今秋に種をまき、来春に種を収穫(しゅうかく)してほしいという。目標は120人。1人に約300粒(つぶ)の種を送る。「種を倍にして返送してくれたらうれしい。支(ささ)えてくれるみなさんと、種を増やしたい」

 協力してくれる人は名前や住所、電話番号を書き、メール=nanohana@mms.bbiq.jp=か、郵便(ゆうびん)=〒810-0044、福岡市中央区六本松4の9の34、福岡六本松郵便局留(どめ)、「菜の花元気プロジェクト」あて=で送る。宇野さんから種が届くという。

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=2013/05/16付 西日本新聞朝刊=

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