紙面から

【記者だより】英彦山 守りたい 九州の宝

2013年11月08日 15:22

山伏の姿で険しい山道を進む人々
山伏の姿で険しい山道を進む人々
 「英彦山」と書いてなんと読むでしょう。答えは「ひこさん」です。太陽の神、天照大神(あまてらすおおみかみ)の子どもの忍骨命(おしほねのみこと)をまつったことから「日子山」といわれ、822年に「彦山」、1729年に「英彦山」に変わりました。

【記者だより】英彦山 守りたい・九州の宝

 福岡と大分の県境にあり、北岳(1192メートル)、中岳(1188メートル)、南岳(1200メートル)が連なる姿は、遠くから見ても一目で分かります。神様と仏(ほとけ)様が一体となった権現様(ごんげんさま)として山そのものを信仰(しんこう)。多くの山伏(やまぶし)が修行(しゅぎょう)を積んでいたことから「日本三大修験道場(しゅげんどうじょう)」といわれ、江戸時代には約600世帯3千人が住んでいました。信仰する檀家(だんか)は九州一円に40万戸以上いて、豊作(ほうさく)を祈(いの)る大権現祭には2日間で7、8万人の参拝者(さんぱいしゃ)が訪(おとず)れたそうです。

 英彦山修験道は、明治政府(せいふ)が禁止(きんし)したため約140年前に途絶(とだ)えましたが、今でも山の中で修行する人々を見かけます。何がこの人たちの心を引きつけているのか知りたくて、同行取材しました。

 夜中の午前2時半すぎ、中腹(ちゅうふく)にある福岡(ふくおか)県添田町(そえだまち)の英彦山神宮(じんぐう)の下宮(げぐう)を出発した一行は、山頂(さんちょう)へ向かって険(けわ)しい道を進みました。暗闇(くらやみ)の中で聞こえる木々のさざめき、満天の星は神秘(しんぴ)的でした。山頂では朝日が徐々(じょじょ)に暗闇を払(はら)い、遠くに広がる雲海が次第(しだい)に消えていく光景を目にし、雄大(ゆうだい)な自然にのみ込(こ)まれている気分になりました。私(わたし)たちの祖先(そせん)も同じような気持ちでこの景色を眺(なが)めていたのではないかと思うと、時を超(こ)え、世代を超えて心がつながっている気がしました。

 40代の男女に修行に参加した理由を尋(たず)ねると「日頃(ひごろ)忘(わす)れている先祖を思う心を取り戻(もど)したい」(女性(じょせい))、「人と自然のつながり、山の文化、ふるさとを感じたくて」(男性(だんせい))との答えが返ってきました。1年間に200回ほど英彦山に登る70代の男性は、風や水の音、鳥のさえずりなど「山の声」を聞きながら歩くそうです。豊(ゆた)かな文明社会になった今も、山が私たちに教え、与えてくれるものがたくさんあることを実感しました。

 推定樹齢(すいていじゅれい)1200年の「鬼杉(おにすぎ)」や、野鳥が飛び交うシオジ林、四季折々の草花など豊かな自然が残っているのは、祖先が大切に守ってきたからだそうです。しかし今、山の人口は約80世帯150人に減(へ)り、その6割(わり)が65歳以上と急激(きゅうげき)な過疎高齢化(かそこうれいか)が進んでいます。このままでは山の荒廃(こうはい)が進み、先祖から受け継(つ)がれてきた人々の営(いとな)みも途絶えてしまうのではないかと心配されています。「九州の宝(たから)」ともいえる山をどうやって後世に残すか、みんなで考えたいと思っています。まずは足を運んでみてください。知れば知るほど魅力(みりょく)的な山です。

【記者だより】英彦山 守りたい・九州の宝

=2013/10/27付 西日本新聞朝刊=

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