紙面から

【ワクワク 種子島】<下>記者ノート 文化と自然がいっぱい

2016年05月03日 14:27

鉄砲館にはいろんな種類の鉄砲が展示されていた
鉄砲館にはいろんな種類の鉄砲が展示されていた
 鹿児島(かごしま)県・種子島(たねがしま)を取材旅行したこども記者4人は、島のいろんな文化や自然にも親しみました。報告(ほうこく)の最後となる今回は、それぞれが思い出に残った場所を記事にしました。

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 ●鉄砲伝来当時にタイムスリップ

 ▼福岡県久留米市・久留米信愛女学院中3年 時津菜穂記者

 ▼福岡市・千早西小6年 山口智優記者

 種子島(たねがしま)と言えば、鉄砲(てっぽう)伝来の地だ。私(わたし)たちは、鉄砲の歴史を学ぶため、島北部の西之表(にしのおもて)市にある「種子島開発(かいはつ)総合センター」(通称(つうしょう)・鉄砲館)を見学し、鉄砲が伝わった南種子町(みなみたねちょう)の「門倉岬(かどくらみさき)」にも足を運んだ。

 鉄砲館ではまず、どうやって種子島に鉄砲が伝わったのかを紹介(しょうかい)する人形劇(にんぎょうげき)を見た。1543年、門倉岬にポルトガル人が乗った船が漂着(ひょうちゃく)。彼(かれ)らが持っていた鉄砲を基(もと)に、島で盛(さか)んだった鍛冶(かじ)の技術(ぎじゅつ)を生かして、1年後には初めての国産銃(じゅう)を作ることに成功したという。「(外国の鉄砲を)地道に研究し、作り上げていくところは日本人らしい」(時津(ときつ)記者)と思った。

 館内の展示室(てんじしつ)には、約100丁の鉄砲が並(なら)んでいた。ポルトガルから伝わったとされる鉄砲、国産初とされる火縄銃(ひなわじゅう)、貝殻(かいがら)で飾(かざ)られた外国の鉄砲…。実物を自分の目で見ると、本物が持つ独特(どくとく)の迫力(はくりょく)にびっくりした。

 手にすることができる火縄銃のレプリカ(長さ約1メートル、重さ約5キロ)もあった。銃を構(かま)えてみると、ずっしりと重かった。「昔、足軽はこんなに重いものを持って走り回っていたのか」(山口(やまぐち)記者)と想像(そうぞう)が膨(ふく)らんだ。

 私たちは、鉄砲館から約45キロ離(はな)れた、島の南端(なんたん)にある門倉岬を訪(おとず)れた。展望台(てんぼうだい)からは東シナ海と太平洋の両方を見渡(みわた)せた。

 この場所に大きな船が漂着している様子を想像してみた。島の人たちが見たこともない船を見て、驚(おどろ)き、大騒(おおさわ)ぎしている昔の様子が目に浮(う)かんだ。

 鉄砲や門倉岬は教科書や授業(じゅぎょう)で見たり、聞いたりしたことはあった。でも、現場(げんば)に足を運んだことで、鉄砲が伝来した当時にタイムスリップしたような感覚を初めて味わえた。

 ●海でおどろきの新発見

 ▼福岡市・若久小5年 アトキンソン愛里メイ記者

 海に囲まれた種子島(たねがしま)には、海辺の観光スポットがいくつかある。そのうち干潮(かんちょう)のときにしか入ることができない洞窟(どうくつ)「千座(ちくら)の岩屋(いわや)」と、南国ならではのマングローブ林に出かけた。

 うす暗い千座の岩屋に入ると、中は思ったより広くて、入り口近くで道が三つに分かれていた。私(わたし)は左の道を選んだ。その道を進んでいくと海に出た。

 洞窟の壁(かべ)は大きな貝がらがごろごろ埋(う)まった地層(ちそう)が浮(う)き出(で)ていて、恐竜(きょうりゅう)がいた時代に迷(まよ)い込(こ)んだ気分になった。

 その千座の岩屋から近い場所に私たちの宿はあった。目の前の海には、マングローブが自生していた。実際(じっさい)に見るのは生まれて初めてだ。まるでアマゾンみたいだった。

 一日の取材を終え、夕食までの時間は、こども記者みんなで遊んだ。マングローブ林は、足元がべちょべちょで、どこを歩いても足が沈(しず)んでしまう。くつもズボンも泥(どろ)で汚(よご)れてしまったけれど、体全部がどろどろになってもいいと思うくらい楽しかった。目をこらすと、トビハゼや小さなカニ、貝など、泥の色をした生き物がたくさんいた。

 種子島の海は新しい発見でいっぱいだった。

 ●鉄砲の技術がはさみに

 ▼福岡市・小笹小6年 豊田大徳記者

 僕(ぼく)たちは、西之表(にしのおもて)市で、種子島(たねがしま)独特(どくとく)のはさみなどを販売する「池浪刃物製作所(いけなみはものせいさくしょ)」を訪(たず)ねた。鉄砲(てっぽう)作りの技術(ぎじゅつ)が、はさみなどに受(う)け継(つ)がれ、島の特産品になったという。

 島のはさみは「種子鋏(たねばさみ)」と呼(よ)ばれる。店内のガラスケースには10本以上が並(なら)んでいた。社長の池浪寛(いけなみひろし)さん(64)によると、2枚の刃(は)がすきまなくかみ合うように、刃にほんの少しひねりがあるのが特徴(とくちょう)だ。それによって切れ味が良くなるという。

 車で10分ほどの場所にある工場で、種子鋏作りを手伝わせてもらった。指を入れる部分を作るために、鉄を型にはめて曲げる工程(こうてい)だ。細いとはいえ、鉄のあまりのかたさに驚(おどろ)いた。真っ赤になった自分の手を見ながら、この作業を何十年も続けている職人(しょくにん)さんは本当にすごいなと思った。

 最近、はさみは機械で大量生産できるので、手作りの種子鋏を買う人は少なくなったそうだ。そのため、池浪さんの店にも後継者(こうけいしゃ)はいない。けれど、僕は物作りを続け、伝統(でんとう)を守ろうとする職人さんの熱意に感動した。知恵(ちえ)をしぼって、作り上げた物に心を動かされた。

 だから、人が努力を積み重ねてきた物を大切に使っていきたいと思う。

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=2016/04/23付 西日本新聞朝刊=

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