紙面から

【ピカ☆いち】日田げた 月隈木履工業所 大分県日田市

2014年12月05日 18:30

鼻緒をすげる体験をさせてもらった
鼻緒をすげる体験をさせてもらった
 歩くたび、カランコロンと心地(ここち)よい音がひびく。そんな昔ながらのはき物、げた。大分(おおいた)県日田(ひた)市は、古くからげたの産地として栄え、今でも職人(しょくにん)さんが活躍(かつやく)している。日田市にあるげたの町工場「月隈木履工業所(つきくまもくりこうぎょうしょ)」をたずね、日田げたの魅力(みりょく)をさぐった。

【ピカ☆いち】日田げた 月隈木履工業所 大分県日田市

■火であぶり 木目を生かし 通気よく

 九州一にぎやかな街、福岡(ふくおか)市から車で1時間あまり。日田市には江戸(えど)時代にタイムスリップしたような、古い町なみが残る。げたで歩くと、さまになりそうな風景だ。

 その古い町なみから少し外れたところに、月隈木履工業所はある。社長の長男で、げた職人の伊藤高広(いとうたかひろ)さん(45)の案内で工場に入った。中にはたくさんの木材があり、木のかおりでいっぱいだった。山に囲まれた日田市はスギの産地。日田げたは、やわらかさがある日田のスギから作られる。

 日田げたの特ちょうは、足をのせる部分(台)を火であぶって仕上げるところ。「神代(じんだい)焼き仕上げ」というそうだ。伊藤さんは、げたの台を一つずつバーナーの火であぶっていた。真っ黒にこげた部分は機械のブラシでみがく。すると、すすがとれ、かたい年輪の部分だけが黒く残った。

 なぜ焼くのだろう。伊藤さんは「焼くことで年輪がうき上がり、平らな木の面に小さなでこぼこができる。はくと足と台の間にすきまができて、通気がよくなる」と教えてくれた。見た目もきれいになる。

 工場では、角材からげたの台を切り出し、最後に鼻緒(はなお)を付けるところまで行われる。2階の部屋ではたくさんの台がブロックのように、つつ状に高く積み上げられていた。まるで塔(とう)のよう。これは「輪積(わづ)み」といい、台をかわかすための工夫(くふう)だ。木には水分があり、切りたての台はしめっている。太陽の下で急にかわかすとわれてしまうから、屋内で6カ月もかけてじっくりと乾燥(かんそう)させるそうだ。

 私(わたし)たちは、鼻緒を付ける作業を体験した。完成したげたをはいたら足にぴったり。木の感触(かんしょく)が足のうらに伝わり心地よかった。

 げたは、くつとちがって右足側と左足側がなく、左右とも同じ形だ。日本人はO脚(きゃく)の人が多く、はき物を長くはくと、かかとの外側の部分がすりへる。それをふせぐため左右を入れかえながらはけるよう、げたは左右が同じなのだそうだ。伊藤さんは「げたには、ものを長く大事に使おうという昔の人の思いがつまっている」と話していた。

■世界に一つのげたを おじいさんのようにかっこよく 伊藤高広さん

 伊藤さんは、客から注文を受けて作るげたを手がけている。オーダーメードといい、客の足のサイズや好みに合わせた「世界に一つだけのげた」を生み出す。

 その仕事部屋にはノミやセンという道具がたくさんならんでいた。「木材をきれいに切ることが大事だから、道具の手入れに気をつかう」そうだ。

 19歳(さい)でげた職人の道に進んだ。家の仕事をつぐように言われたからではなく、「げたを作るじいさんやおやじの姿(すがた)が、かっこよかったから」だ。今年1月に84歳で亡(な)くなったおじいさんの清光(きよみつ)さんのもとで、げた作りを勉強した。

 大工からげた職人になった清光さんは、きびしい人だった。はじめのころは伊藤さんがげたを完成させても、何も言わずに「だめ」という身ぶりをするだけ。「何がだめなのかも教えてくれず、いいと言われるまで作り直すしかなかった」と伊藤さんはふり返る。

 うれしいことは、げたを買った客が修理(しゅうり)に持ってきてくれるとき。買って終わりではなく「大事に使い続けてくれているのが分かるから」。今は輸入(ゆにゅう)品がふえたり、げたをはく人がへったりして、日田市でもげたを作る人がへっている。それでも、洋服に合わせられるよう高いヒールがあるものや、左右のげたの底を合わせるとハート形ができるデザインなど、若い人にはいてもらう工夫(くふう)を重ねる。伊藤さんは「これからもずっ
と、げたを作り続けたい」と話していた。

■わキャッタ!メモ

 ▼日田げた 日田は江戸(えど)時代、幕府(ばくふ)が直接(ちょくせつ)しはいした「天領(てんりょう)」といわれる土地だった。このころ、国をゆたかにするために新しい産業にしようと、げた作りがすすめられ発展(はってん)した。戦後すぐのころまで静岡(しずおか)や松永(まつなが)(現・広島(ひろしま)県福山(ふくやま)市)とならぶ三大産地といわれ、最盛期(さいせいき)の昭和20年代は日田市内に100以上の業者があった。

【ピカ☆いち】日田げた 月隈木履工業所 大分県日田市

=2014/11/22付 西日本新聞朝刊=

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